『楽園ノイズ』 失ったものと手に入れたもの
新学年を迎え、気になるクラス替え。僕らバンドメンバーはまさかの四人とも同じクラス! まともに授業が受けられるわけがない! 伽耶も入学してきて僕の学校生活はますます騒がしく、プロからの作曲依頼に加えて軽音部のプロデュースまで買って出てしまって大忙し。
そして華園先生も新生活を始め、目指すはピアノコンクールでの優勝――そこになぜか凛子が参戦!?
新展開続々でトップギアのまま春から夏へと駆け抜ける超高純度青春ストーリー、二年生編突入の第6弾!
皆さんは『さよならピアノソナタ』という作品をご存じだろうか。ご存じ?そうですか。そう、杉井光の代表作であり音楽を題材にしたライトノベルである。
そして、楽園ノイズも何を隠そう音楽を題材にした電撃文庫から出ているライトノベルである。
作者である杉井光がこのラノのインタビューで『楽園ノイズ』は『さよならピアノソナタ』の焼き直しだと言っていたが、この言葉がどれだけ不誠実な言葉であるかは『楽園ノイズ』の6巻を読めば分かる事だろう。
この6巻では"失うこと"が強く意識されて書かれているが、『楽園ノイズ』自体が失われた物語であることに気づいているだろうか?『さよならピアノソナタ』では音楽よりもジュブナイルを重要視した作りになっていたのに、『楽園ノイズ』では『さよならピアノソナタ』に存在していたジュブナイル要素が失われているのである。
これは作者が年を取ったのもあるだろうし、純粋に同じような作品を書いても通用しないと思ってたのかもしれない。他人の事なんて分からないので実情は知らないが。
じゃあ、ジュブナイルを失ってしまった『楽園ノイズ』に何が残るのか言えば音楽である。当然言えば当然だが音楽を題材にしているのだから、そこからヒューマンドラマを削ぎ落としていけば残るのは"音楽"だ。
ソナタの楽節は現実に存在すると信じたスワンは、間違っていたわけでない。さきの観点からすると小楽節は、確かに人間的ではあるが、現実を超越した異次元の存在である。われわれがけっして見たことのない存在であるとはいえ、目に見えない世界の探検家がわけ入ることのできた神の世界から一つ捉えて持ち帰り、しばし地上で輝かせることが出来たからこそ、われわれもまたそれを認識して心打たれるのだ。
芸術の神秘性を祈ってる物語だなんて、ジュブナイルを切り捨てたからこそできる芸当だと思うが『楽園ノイズ』6巻では過去から音楽と青春が見いだされる。
「見返すと恥ずかしい部分もあるけどね。思い出したくないこともたくさん。もう顔も見たくないやつが映ってたりすることもある。プレイも青臭いし、衣装もさすがに一昔前だからダサいし、……でも、まあ、必要なんだよ」
「これ観てると、こいつって音楽好きなんだな──って思うよな。自分なのに、なんか他人事みたいに。もうやめちゃったから他人事同然だけど。たまに、迷ってる時、頭ぐちゃぐちゃしてる時に、戻れるところがあるってのはすごく大事だと思う」
「へったくそだろ、柿崎んとこ」
結局のところ楽園ノイズは音楽の物語だから、出てくる登場人物たちは大人が多いし、青臭い青春小説なんて側面は殆どない。でも、過去にそれらの残り香が残されていて、失ったものを手にしたような気分になるぐらいは出来るのかもしれない。
音楽が、いや、人間が本質的に孤独であり、音楽は孤独を癒せない。それでも音楽と孤独を肯定してくれたこの物語に感謝を。
ノイズを音楽として見出すことが出来るのが人間なんでしょうね