『イリヤの空、UFOの夏』いつか終わる夏

 

 「6月24日は全世界的にUFOの日」 新聞部部長・水前寺邦博の発言から浅羽直之の「UFOの夏」は始まった。当然のように夏休みはUFOが出るという裏山での張り込みに消費され、その最後の夜、浅羽はせめてもの想い出に学校のプールに忍び込んだ。驚いたことにプールには先客がいて、手に金属の球体を埋め込んだその少女は「伊里野可奈」と名乗った……。

 

 

イリヤの空、UFOの夏。言わずと知れたライトノベルの傑作だろう。ぼくがこれを読んだのは二年前のことである。名前自体は前から知ってたものの、その時はライトノベルに対してそこまでの興味がなかったため、読むに至るまではいかなかった。それでも秋山瑞人という作家の文章力はすごいってのはよくインターネットで見たし、イリヤの空自体、ライトノベルの最高傑作だなんて言われてることも結構みたりしていたので、読むときはそらもう、ハードルが上がったものだ。ただそれと同時にそこまでのもなではないだろうなぁという気はしていた。

内容自体に関しては、ともかく、文章に関してはどうにもそこまで凄いと言われても、あんまり信じられなかった。というのも某掲示板のラノベ作家文章力ランキングみたいなのがあって、名前は出さないが、この作家と同じ程度なら、そりゃ上手いは上手いんだろうけど、ネットで神格化されるレベルではないんじゃないか?ってのがあった、あとほかにも、ラノベ以外の作家でも、どのぐらいの作家かってのがあって、それでもそれぐらいなら、そこまで神格化されるレベルじゃなくない?みたいなのもあったそんなこんながあって、ハードルは上がっていたが、あまり期待はしてないかった。文章に関しては。

 

まぁで、実際に読んでみたら一発で成層圏までぶっ飛ばされた。半端じゃない衝撃を受けた。こんなにすごいのかと、こんなやつが現代日本にいたのかと、そんなに期待してなかった、文章の方で完全にやられたのだ。第三種接近遭遇、この章のプールなんだよな。中学二年の最後の夏休みの日に浅羽直之が、学校のプールに忍び込んで、伊里野を見付けたとこからは、完全に小説の中に入った。こういう体験はそうそう出来なくて、だから本当に衝撃を受けた。一行、一行が頭にすっと入ってくるのだ。白昼夢みたいだなと思った。そうしてこの章のラスト、伊里野が転校してくるシーン、鼓動が早くなって、息をするのすら忘れていた。セミの声が聞こえた。読み終わった後に冷静に考えると、余りにもベタ、最近のオタクである僕からしたら、何の面白みもない、ありがちな導入。ただ、読んでいるときは、そんなことは考えられなくてただただ、圧倒されたのだ。これが、文章の力でなければ何なのだろう。このとき、秋山瑞人の文章にただただ圧倒されたのだ。

 

考えてみれば当たり前だ、と浅羽は思う。

夏休みが終わると同時に、夏が終わるわけではないのだ。

夏はしばらくは続くのだ。

 

UFOの夏だった。

 

 

 

このイリヤの空って物語は、夏が終わらないんだよね。終わってるはずなのに終わらない。現実でも年々夏は長くなっていって、だからって訳でもないけど、八月の終わりが夏の終わりにはなっていない。九月になっても外でりゃ暑い日はあるわけで、それでも学校には行かなきゃいけないわけで、なんつーかそういう時ってあったよなみたいな、そんな感じ。イリヤの空ってのはそんな夏が完全に終わるまでの、ひと夏のボーイ・ミッツ・ガール。話はちょっと逸れるけど、そういう物語だとぼくは思ってるので、なんかセカイ系だの言われても、そんなもんでイリヤの空をくくんじゃねぇ!みたいな、そう言う気持ちがないでもないんだよなぁ。。。

 

 

イリヤの空、UFOの夏。ストーリーに関してはそんなにめちゃくちゃに面白いわけではないんだよな。勿論秋山瑞人以外が書いててもそれなりに面白いだろうなっていうレベルの面白さはあるけど、やっぱ文章ありきなんだよな。この話。まぁそういうこというと、小説自体がそうだろって話ではあるんだけど。。この秋山瑞人って作家は異常にシーンの切り取り方が上手いんだよ。一文のはめ込み方も。だから、イリヤの空でも好きなシーンがいっぱいあって、特に好きなのは、ここでも上げた、プールと転校してくるシーン。他には、ほ兄ちゃん大好き夕子ちゃんが、伊里野の髪を切っている浅羽直之を見た時のシーン、マイムマイム

自分は一体、何を失おうとしているのだろう、のあのシーン、どれもこれもが最高なのだ。何が言いたいかっていうと、秋山瑞人はめちゃくちゃすげぇし、イリヤの空、UFOの夏は阿保みたいに面白いってこと。たまに今の子には受けないかもなってのを見るけど、時代は関係ない、今中高生が読んでも面白いって感じてくれるはず、そう思ってる